感情はヒトを動かすが、ヒトは感情を制御できない。

感情はヒトを動かすが、ヒトは感情を制御できない。感情は一方的にヒトを制御している。

例えば、活動に十分なカロリーでも嫌いな物は食べられないし(昆虫とか線虫とか)、ただ寒くないだけのダサイ衣装は不快感を産む。また、贅沢や宝飾の効能は計算できないし、歌や芸術も生体が存続するのに必須条件ではないけれど、ただ感情はそれに反応し、それがないと生きてゆかれないと強迫観念をもたらす。楽しい と言う感情は、すべてに優先し生きていくモチベーションを発生させている。それは個人の意思でも意図でもない。

感情の起源はなにか、と考えるとき、意識が化学反応と電気信号からできていると想うと、その発現は機械的な仕組みの産物と考えるのが論理的だ。外界の何に対して笑い、怒り、喜び悲しむかは、組み込まれた機能(Function、関数)であり、それはハードウエアとしてのDNAの仕様通りだ。

また、感情の仕組みとともに世界観も機能に組み込まれている。当たり前のように植え付けられている自尊心や優越感には論理的な根拠がない。いつの時代でも系統樹の頂点を決して譲らないし、すべての部族、集落、人種、民族が一様に、自分だけが選ばれし誇り高き血筋だという。普遍的にいつの時代、どこの地域で誇りという題目で支配と攻撃を正当化(昇華)している。すべてのヒトがそうなのは、同じ仕様でできていることを顕している。

同じ仕様でうまれているから。、どんな種もそれぞれ同じ行動パターンを繰り返す。分類ができる。ヒトも固有の行動パターンをずっと、何万年前から繰り返している、と考える方が、生物学的には筋が通っているだろう。この先もまた、歴史にあったことをおなじように繰り返す。それが地球上の生き物の仕組みであろう。

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