躾やマナーは、要らない。

躾やマナーは、要らない。
暮らしの中で、時に躾やマナーについてのやりとりを目にする。マナーを知らない、躾がなっていない、と責められる方に、悪意はない。誰もが楽しく、おいしく、時間を過ごしたいと思っている。すると突然、マナーの悪さを指摘される。指摘した方は怒っている。しかしマナーは、知っているかどうかの問題で、それは教わる機会があったかどうか、その習慣がどうであったかと言うことで、善悪の問題ではない。
さらに、躾やマナーの行き届いている人は、そうでない人を許せない、不快感を抑えられない。見過ごせなくて、指さずにいられない。だから争いの原因は、躾やマナーが成っているところにある。躾は、それがない人を責めなさい、と教えている。躾やマナーが正義だと確固たる自負があるから、自信を持って攻撃が出来る。だれもが賛同するはずだから、声高に責められる。
たぶんマナーや躾って、元は誰かの気まぐれ、気分の物だと思うのです。だから文化って多様なのだと。,

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